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山田キヨ(仮称)はドキドキしていた。明日は孫の健太(仮称)の誕生日。そのプレゼント購入のために電車に揺られ梅田へ向かっていた。
「都会にでるのもひさしぶりだねぇ。」
うっすら笑顔を浮かべながら、握り締めて手汗で湿った慣れない切符を、金糸で蝶々をあつらえた巾着にしまうと、昨日、自分と二つと歳の変わらないのに観劇が趣味と言う元気なウメさん(仮称)に聞いたキディランドまでの道筋を書いたメモを取り出した。
「そこで、このあいだ孫のためにクマのぬいぐるみを買ったんだよ。」
そう言ってメモを書いてくれた、ウメさんの優しい笑顔を思い出した。
「ここなら玩具はなんでもあるよ。」
キヨは孫のために玩具を買うつもりだった。玩具といっても健太は中学生になっていたので、購入するものはぬいぐるみなどではなかった。以前、嫁夫婦の家に連れていかれたときに、遊びに出ていた健太の部屋をのぞいて見つけたプレイステーションのゲームソフトであった。
余談であるが、健太は思春期に入り、祖母との交流を避けるようになっていた。なので、キヨは無断で部屋をのぞくなどという暴挙に出たわけで、キヨの性格は遠慮深く控えめで穏やかなものだと説明しておこう。
キディランドに行けばゲームが買える。欲しいゲームが何かは分からない。面白いゲームが何か分からない。しかし、キディランドが何とかしてくれる。キヨは藁にもすがる思いでメモを両手にはさみ拝んだ。
やがて、電車は地下に入った。次駅案内のアナウンスが流れる。そこでキヨはハッと息を呑んだ。大阪と言う駅名が呼び出されない。なぜ?京橋を出て三つ目が大阪だとウメさんは言っていた。
「次は〜北新地〜北新地〜。」
ウメは京橋で乗り換えるということをキヨに伝えていなかった。放出から学研都市線に乗り、大阪駅に向かうといえば当然京橋で環状線に乗り換える。そのまま行けば東西線で北新地。行動派のウメはキヨも知ってて当たり前のことと思っていた。
キヨは慌てた。人は慌てると頭を真っ白にするものだ。特に歳を経るとその程度は尋常ではない。まだボケてはいないキヨだが、何をしていいのかわからない。よろよろと立ち上がるとドアの上にある路線図を見ようとした。しかし、目の弱くなったキヨにはつらい。少し爪先立つ。ダイソーで買ったビニール革のサンダルの先を折り曲げながら背伸びをした。しかし見えなかった。
「ここは、ここはどこ〜?」
キヨは心の中で叫んだ。その声が届いたのか、一人のサラリーマンが話し掛けてきた。
「おばあちゃん、どこいくの?」
実はキヨの爪先立ちの姿を見て、路線図が見えないと知り、声をかけてきたのだ。
「大阪に行きたいんです。」
キヨは平静に話しをした。しかし、その声は歳のせいもあったが、振るえてとても誠実なものになっていた。
「じゃあ、北新地で降りれば良いですよ。そこから大阪駅までの案内板がありますから。」
サラリーマンは大きくゆっくりした声で話した。
「キ、キデイランドは?」
キヨは小さい「ィ」が上手く発音できなかった。
「それなら、阪急電車と書いてある方面に行くと良いですよ。それも看板が出てますから分かると思いますよ。黄色い看板に赤い文字の英語で「キディランド」って書いてますから。」
サラリーマンがそう言い終わると同時に電車は北新地駅に到着した。
その人はキヨを改札口まで案内すると走るように消えていった。キヨはその背中を何度も拝んだ。まるで仏様にするように。
何度も拝んでいるうちにキヨは平静を取り戻した。そうして、あの仏サラリーマンの教えどおり、案内板を探した。案内板は改札口からほどないところに大きくあったが、その文字は以外に小さかった。小さい文字は強敵のようにキヨの前に立ちはだかった。しかしキヨは、ひるむ事無く小さな文字を退治し始めた。そうしてキーワードである阪急電車を探した。やっと見つけたそれは、大きな建物でそこまでの距離はひどくあるように思えた。しかし、電車を乗り間違えるという死線をくぐりぬけた後ではなんてことはないように思えた。
「まずデイアモールだ。そこを越えることだけを考えよう。」
キヨはまず近い障害物を目印に越えることを頭に置いた。そこを越えたら、越えたところで地図を探せばいい。それでも駄目なら先ほどのサラリーマンのように助けてくれる人がいる。キヨは久しぶりに見知らぬ人と接することにより、少し興奮していたのだ。
キヨは歩き始めた。その歩みは遅かったが、一歩ずつ確実にキディランドへ向けて進んでいった。しかし、この遅い歩みが不幸を生む。
20メートルも言ったところでキヨはトイレに行きたくなった。そう思うとトイレを探し始めないといけない。キヨの歩みは遅く、しかもその忍耐力は若いときとは違うことをキヨは良く知っていた。
ディアモールを抜けながらもキヨは五感をフルに使いトイレを探していた。すると少し行った先の曲がり角あたりから金木犀の匂いが漂ってきた。
「あそこに違いない。」
キヨは角を曲がり目の前にあったエスカレータに迷いも無く乗った。エスカレータを降りると金木犀の匂いは消えていた。金木犀の匂いはキヨが曲がった角のふたつ前の角から漂っていたにもかかわらず、キヨはその間違いに気づかなかった。
「この階にあるはず。」
キヨはあたりを見回した。キヨの限界はまだだったのであたりを見回す余裕があった。
「こっちかしら?」
キヨはおもむろにフロアを徘徊し始めた。
ディアモールから丸ビルは違和感無く入っていける。キヨは丸ビルB1階の丸ビル特有のジグザグ通路を進んでいった。そうして、トイレより先にキヨが見つけたものは黄色い地に赤い文字の看板、タワーレコードの看板であった。キヨはお約束のように思った。
「もうキデイランドに着いたのかい?」
キヨにとっては頭文字TもKも一緒だった。英語で黄色地の赤文字の看板。サラリーマンから聞いた情報のどれとも一致していた。仏様の言うことをそれ以上詮索することはキヨに不可能だった。
キヨはトイレのことも忘れ店内に入っていった。そこには見覚えのあるプラスチックケースがある。健太の部屋で見た、ゲームの入ったプラスチックのケースがある。キヨはわけもわからずジャケットを見ていった。ゲームのことは分からないが、面白そうなゲームはジャケットで分かる。キヨはそう信じていた。健太の持っていたあのゲームのようなジャケットのものを買えばいい。それで間違いがないと。
壁に置かれたCDラックに手をかける。英語が書かれたジャケットはパス。「あ」から順に進んでいく。そうして「て」まで進んだときにキヨの手が止まった。
「こ、これだ。。。」
キヨは手にとったそのジャケットを何度も見た。漢字で書かれた順日本風タイトル。悠久の歴史を感じさせるジャケットの絵柄。これだ。健太の部屋で見たゲーム(三国志・光栄)に似た、面白いゲームはこれに違いない。キヨは確信した。
百人一首・天才ばかばんど
キヨは価格を見てさらに喜んだ。百円。
「思ったより、安い。」
年金暮らしのキヨが本当のゲームソフトの価格を知ったらどうなるだろう?
とにかくキヨの購入魂に火がついた。あたりを見回しレジを確認するとてんばかCDを握り、キヨは小走りに歩き出した。
その時に「駄目だ!そっちの世界にいったら駄目だ!」
と止めるような「勇気」 。
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